2017-10

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学生団体で公演を打つために


福岡学生演劇祭、合同演劇、PanXと通して学生の団体に顔を覗かせてみて、学生団体で公演を1つ成し遂げるということの、果てしない難易度を感じる日々です。

団体で公演を打つということについて、運営的な面でいろいろと考えてみたのでまとめ。
(※私が演劇畑なので、「公演」についてです。「作品づくり」についても通用するのかなぁ?)



①「公演をより良いものにする」という目標

まず、前提として全員が「公演をより良いものにする」という目標に向かっているか否かについての問題があります。
「当たり前じゃね?」って思うでしょう。それがそーでもないようです。

・「自分のステップアップのため、公演の出来不出来は関係ない」

私も「この公演に全く思い入れはないけど、現場経験として多い方がいいし」という理由で参加することもあるので否定はしませんが
これは完全に『外部のお手伝い』レベルまでしか許されない考えだと思います。
だいたい公演のために頑張ってもステップアップは出来ますし、そうしないと得られる経験値は激減します。

・「自分が目立ちたいから、やりたいからやる」

これは1年生、ぎり2年生までは許される考えだというのが個人的な意見です。
もちろん、ストイックに頑張るためには必要不可欠な考えだとは思います。
ただ、公演自体に批判が多くても自分が褒められたからいい、ってやつがいるのですね、たまに。
うーん、どこまでこれが悪いのかはわからないですけど、キレられても文句言えないですよね。

ただ、ここで、じゃあ上記の人たちを切り捨てるのかというと、それはそれで学生団体はダメな気がします。
最初に言った大前提もありますが、いろんな人がいて、いろんな人でつくり上げる作品じゃないと、
作品として本当に味気ないなと思うことがあるからです。
「ビジネスライクな関係性」って、作品にでますしね、わりと根っこからやりあわないと演劇ってすぐ分かる、こわいこわい。



②「頑張る」の度合い

じゃあ全員が「公演をより良いものにする」という共通意識があったとして。
じゃあ「頑張るぞ!」っていうと、次は頑張り度合いに違いが生まれます。
(共通意識ができている時点で、この度合いの差によるヒビの入り具合はそこまで大きくないとは思うのですが)

現実問題として、大学生には「バイト」があります。
たまに実家生だと「家の用事」ってのもあります。もちろん「勉強」も。
これがどれだけの大事かは、もちろん人によって違います。
ただその「大事にする理由」っていうのが、グレーゾーンです。

「明日提出のレポート終わってないので練習休みます」

ここらへんがよくあるイライラなんではないでしょうか...
まじふざけんなって思いますけど...それ前々から分かってただろっていう...
でも、「頑張ったー!」っていうやつに「お前そんな頑張ってないやろ!」って思ってしまうことは、私の「がんばり」基準だと多々あるのですが、どう考えてもそこは個々のキャパシティによります。

ノー勉で期末をクリアしてしまう人と、必死に勉強しないとダメな人の違いならまだ分かりやすいですが
必死で頑張りたい人と、そこまで頑張りたくない人、っていう意思の問題や優先順位の問題だとだいぶややこしいです。
大橋演劇部では、基本的にサークルや学祭の掛け持ちがほぼ必然なので、優先順位の問題はつきまといます。

個人的には「他の団体のことなんて知ったこっちゃない」が信条なので、言い訳に他の団体使うのはチートです。
忙しいときに誰かに助けを求めるのは全然有りだと思うんですが、忙しいからって手を抜かれたら
その穴は誰が埋めると思ってるんだろう?と思います。
基本的には他の団体や他の仕事で得たことって公演に活きるので、私は掛け持ちには賛成派です。
ただ、信頼関係が揺るぐと何かかっこいいこと言っても響かない先輩になっちゃうので要注意。


最近ここらへんの「練習にいく」とか「バイトのシフトを考える時に公演について考える」とか、そういう今まで当たり前にしてたことが出来てないという声をよく聴きます。
怒れたらいいんですけどね、それができるリーダーと、それを理解してくれるメンバーが揃ってる学生団体ってないんじゃないかな...笑


モチベーションはいろんな人がいる。それは当たり前で、それを嘆くのは不毛なのでやめましょう。
いろんな人とぶつかりながら公演を作ることに意味を見出してほしいなぁ...
そしてそのぶつかり方について、みんなが「よりよい公演をつくる」という目標が共有できていたとしたら、それぞれが考えていけたら理想だなぁと思います。



③「仕事を振る側」「仕事を振られる側」

じゃあ、奇跡的に全員がの頑張り度合いが一緒で、やる気に満ち溢れてたとします。
こうしたらまぁだいたいうまくいくのですが、次はちょっと難易度の高い話です。

以前、後輩から「ふぃーゆさんは、『人に頼むより自分がやったほうが早い』と思うタイプですよね」と言われました。
確かにそうでした。
この夏を通して、「人に頼んだほうが早い」ということに気づいたのですが、まだまだ根っこでは『自分でやったほうが早い』派の人間です。

いろんな団体に、必ず数人あらわれる「自分でやったほうが早い」派(略して「じぶはや派」)。
そして仕事をいっぱいいっぱい抱えて「誰も手伝ってくれない」と嘆くのです。なんででしょうね...

まず「仕事を振れない方が悪い」です。
高学年になればなるほど必要とされてくるスキルです、これを怠ると、公演全体のクオリティだけじゃなくて
引退後の後輩が経験不足で公演を打たざるを得なくなります。

ただ、最近思うのは「仕事を振られる側の態度」です。
「仕事振ってくれたらやったのに」という人。この無駄な反省が起こるには3パターンの問題があります。


・「じぶはや派」がピリピリしてて、怖くて手伝えない

これはよくあります、「じぶはや派」がどういう意図で、どういう目的で行っている仕事なのか分からず
良かれと思ってやったことが、意図と反してたらどうしよう、違ったらどうしよう...と思い、迂闊に手が出せないパターン。
絵に自信がない人が、締め切りに追われている情宣チラシ担当になにも手助けできないのもこれです。
自分が手伝ってデザインがダサくなったらどうしよう...です。

これがまぁ制作にもあるんですよね。制作にも人によっていろんな方針があります。
今のバイトをしていて「これはバイトもできる仕事」っていう線引がある程度あるような気がしますが、それでも質問攻めにしないと怖くてできないし。

ピリピリしてて質問も出来ないような空気をだしておいて、手伝ってくれた人の仕事も「あーもう!」って一からやり直して
それで「手伝ってくれない」はそりゃないでしょうって感じです。



・仕事を振られる側が、仕事を頼まれるのを待っている

これが最近ダメなんだなと気づきました。
「仕事振ってくれたらやったのに」という時点で、待ちの体制であることに気づいてほしい。
この、「『仕事を振る』という仕事」が果てしなく面倒くさいのです。

PanXでも、人にいろんな仕事を任せましたが、5人に違う仕事を振るとなると、5人に説明し、5人の質問を受け、一日中LINEとにらめっこしているということが多々有りました。
それでも振ったほうが早いし、クオリティは高いんですけどね。

最初に言ったのですが「公演をより良いものにする」となると、やることはゴマンとあるわけで
周りを見渡せば仕事はあるはずなんですよね。
ただ、だからっていろんな人をアゴで使っていい、となると違うのです。

PanXの制作班には「私の仕事を奪え」って言って、実際いっぱい奪ってくれたのですが
他の班やお手伝いさんにお仕事を頼むときは「本当にありがとう、本当にありがとう」と心の底から思いました。
どこまで求めるかですが、自分の仕事を精一杯やって、それでも人が足りない時に他の班、他の部署に助けを求めるものなんだとは思います。

あと、「仕事を手伝ったから感謝しろよ」って思うのも変な話です。
前提として「公演をより良いものにする」という意識があるはずなら、手伝うのは当たり前。
「本当にありがとう」「いやいやそんな、ちょっと余裕あったから」といった会話を形式上でもやれる団体は大人だなーと思います。


・「何したらいいのか言ってくれないとわからない」

これを大きい顔して「分かんないんだから指示くれないと動けないに決まってるだろ」とか言われると困ります。
「手伝いたいんですけどすいません、わからないんです...」って感じなら許す。
分からないのはおめーの実力不足だろ、考えろ!って思ってしまうことは多々有りますね。
言われて、やって、感謝されて、それで満足な人は永遠にスーパーお手伝いマンやってろって感じですね。
ここらへんはちょっと私怨はいってますね、すいません。笑



・「私達は悪くない」

そうです、一番最悪なパターンです。
公演全体の評価が低かった時に「私は言われたことやっただけだから」とか「私はやることやったから」みたいなことを考えている人、意外と多いのではないでしょうか。
何を隠そう私も現場現役時代はだいたいこういう態度でした。
「運営がしっかりしてないのが悪い」「あんな運営で照明できるはずないだろ」みたいなねー笑
その時点ですでに自分たちのミスや全体としての公演の質の低さに対して無責任なんですよね。

演劇なんていう総合芸術で、どこかの部署の質が悪いと、それだけで全体の評価は下がります。
それなのに「私の部署は完璧だったから」というのはちょっとずるいですよね。
もちろん、完璧にやったと言えるのは大事ですけど、何がいいたいかというと「悪い評価に対する責任を誰が背負うのか」ってことです。

プロならまぁいろいろあるとは思いますが、基本的に作品全体の質は演出が背負います。
でも、学生団体だと、裏方のレベルも低い。演出がそこまでの知識や経験なんてもちろんない。
だから、全員が同じだけの責任を背負うこと、そこに大小の差はないはず...

いやまぁ、他の部署のカバーなんてやってられないんで、どーしよーもない部署にはイライラするしかないんですけどね。笑


④評価されたい、認められたい

「学生に足りないのは成功体験だ」という話を聞いて、心底納得したことがあります。
成功しないと、褒められないと、評価されないと、これでいいのか自信がもてない。
そういう人は少なくないはず。

ただ、団体に所属した以上、ある程度頑張ることっていうのは当たり前のことです。まぁここまで書いてきたみたいにいろいろあるとは思いますが。
「自分はその公演のためにどこまでがんばれたのか」っていうのを自己評価できるようになれたら、強いよなぁと思います。

私は自己評価最低なので、他の人に褒められたり感謝されないとなかなか自分の行動に納得出来ないのですが
身内からの評価なんて20%、公演なんてお客さんからの評価が80%だと思うんですよねー。

頑張りと評価が一致しないことは多々あると思いますが...
「頑張らずとも結果が出る人」と「頑張っても結果が出ない人」がいるのは芸術を嗜む以上仕方ないですが
ある程度までいくと「頑張らないと結果が出ない」段階にたどり着くのでね。
努力は裏切らないよ、うんうん。





さてさて、ここで私の大前提の考えですが、学生は「失敗してもいい」と思っています。
企画自体が大失敗したら次はないかもしれないですけど、いやでも結構失敗しても次があるのが学生団体の不思議なところ。
「去年はあんなにダメダメだったのに、今年は立派にやっている」ということが簡単に起きるので、
一度のきりのミスで「こいつダメ、はいダメ」って切り捨てると大事な人材を失いかねないですよね。

ま、どうしてもダメだなこいつ、ってやつがいたら、その後の仕事頼まないので大丈夫です。
それでどんどん居心地悪くなってしまえばいいさ。
そういう人を構っていると、そういう人対策でいっぱいいっぱいになるから。

個人的な目標としては、根本的な意識がなってないやつもいますが、そういうやつを怒れる先輩になりたいなと思います。
なかなか難しいんですけど...
あと仕事を振ったり、それをやる目的や意図、効率のいい方法だと思った過程まで説明しよう、とかも思います。
判断基準とかね。

M1になって、周りが徐々に後輩ばかりになって、どうにかこうにかいい先輩になって、後輩にいい経験をさせてあげたいな...って思うんですけどね。
ううぬ、まだまだだなぁと思う日々です。


さてさて、みなさんどうなんでしょう?
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