2017-10

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SNSノイローゼについての考察


今回のは完全に愚痴です。なんでこの記事を書いたのかは最後に書いてます。
だいたい文句ですが、SNSについての自分なりの現状考察です。

私は、悩み事は寝たら忘れるし、人を恨んだりしないし、ある程度強いハートの持ち主だと思っていたのですが、それは自分を過信していただけのようでした。
少しだけSNSノイローゼみたい…になる人の気持ちがちょっと理解できたので、まとめておきます。(ノイローゼじゃないよ!!)



①Twitter、Facebook

AKBの小嶋陽菜さんの発言で「今の若い子たちは、病むのがおしゃれ」という趣旨のものがありました。
悩んだり、鬱々としたり、自己否定したり、愚痴や文句を言ったり…そういうことをSNSに乗せてオープンにすることが「おしゃれ」だと思っているのではないか、私はそういうことを表に出せない、という話でした。
(参考URL:http://lite-ra.com/2015/06/post-1176.html)

わかる!!!



まぁ貯めこむととんでもないことになったりするので、これがいいことか悪いことかはともかく
私が良くも悪くも出来ないから、という完全に主観的な意見です。

後輩から聞いたのですが、TwitterとかFBは「完全肯定ツール」なんだそうです。FBにも「いいね!」のボタンしかないですよね、だからこそ盛んになったツールとのことで。
でも先ほどの「おしゃれ」も、Twitterに流すことで肯定された気分になり「病んでいいんだ」「こんな私でも受け入れてもらっていいんだ」と肯定された気分になり、「病んでるから仕方ない」「屑だから仕方ない」とかいう言い訳にまで発展している例が非常に多い気がします。
Twitterプロフィールに「クズ」って書いているやつはクズという自分を受け入れてもらうとしている節があるし、人を責める意見も自然と肯定されてしまうので、それが自己中心的な発言だとは気づかない。
まぁ別にそういう奴も可愛いなぁと思うのですがね。あくまでTwitterの怖さというところでの話です。

裏アカ作って、完全に病みをひけらかす相手を限定してしまうパターンもあるとは思いますが
そもそもポチッとツイートボタンを押している時点で、この「完全肯定」効果はでてしまっているのでしょう。


私は中学生の時からのトラウマから「失望されることが何よりも怖い」のと「自分を棚にあげる人が何よりも嫌い」というのがありまして、
自分の失敗だったり弱音だったりをひけらかすのは怖すぎてできないし、
自分が頑張れば回避できていた事柄を人のせいにして文句を言うことって、自分を棚にあげる行為になってしまう(これは自分でもどうかと思うが)から嫌だし、

ここは私の弱さですが、でっっっきるかぎりそういう自分のマイナス面は克服、または恥ずかしくて隠し通していきたいのです。
だから、文字という目に見える形になったマイナス面をとてもじゃないけど受け入れられないので、最近の「病みアピール」の風潮はちょっと怖い。


ただ、後輩たちから「ふぃーゆさんってすごい人」とか誤解されているのを訂正するため、適度に「知らない」「分からない」「経験不足」アピールはするのですが。
(ってかこれが出来るようにならないと、いつまでも失望されるのを恐れて張れもしない見栄を張りつづけると最近ビシビシ感じるので、意識的にしたりもしますが。)

あと、これも後輩が言っていたのですが「Twitterは私すげぇ!!ってアピールするところ」らしいです。
これはプラス方向に働く自己肯定かもしれません。
こいつの「私すげぇ!」ランクが低すぎて毎回笑いますが(笑)


そんなこんなで「ダメだから仕方ない」というツイートを見たら、相手にも自分にも本気でイライラするので、
情報系のアカウント以外を全ミュートした時期もありました。フォロー外したらめっちゃ病まれたことがあったのでそれもできず。笑
今はぼちぼち復活中ですよ。

私も心配したりもしますけど、本当に辛い時は相談しろ、と基本的には思います。
解決もせず、そんな自分を肯定し、でも実際には世の中に認められず、また病み...と無限ループに陥る気がするので、危険な気がします。ほんとに。


ツイートした瞬間それは世界に肯定されているように感じますが、違うから!!
自分の弱さひけらかされても、同情・心配はしても、それだけじゃ認めないから!!
(その後頑張っている人はもちろん別ですよ、別)

別件ですが「嫌なら読むなよ」って言う奴なんなん!!全世界に発信した側じゃなくてなんで流れてくるTLが目に入った側が責められにゃならんのだ!!ブロックしたらまた凹むくせに!!

あと情報全部Twitterで流す劇団もどうなん!!Twitterやってない人に微塵も届かない情報は情報なのか!!(完全に別件)




②鳴り止まないLINE通知

私の仕事のやり方は、完全に今のバイト先のシステムがベースになっているのは間違いないと思います。少人数団体で働いてきた私にとって、数々のマニュアルや連絡、メールの使い方等、「組織を回すための仕組み」を初めて学んだからです。

職場と学生団体の運営は混同してはいけないとは思うのですが(持久性とかの点で)
そのメールの使い方、情報共有の仕方とくらべて強く思うのは、LINEを団体の運営ツールにするべきではない、ということです。

私が3つも4つも団体に入っているからですが、まー、LINEが鳴り止まない。
「後でゆっくり読もう…」とも思えないほど、起きて携帯を見たら通知70…
質問しても「LINEで言ってたんですけど、」とか前置きされたら「読んでなくてごめんなさい」となって胃がキリキリ…

それでも、団体によってLINEの使い方とは違いがあります。

・A団体
連絡事項のみ投稿。細かな相談は個人LINEで行う。
「お疲れ様です」で始まり、「以上です、よろしくお願いします」で終わる。

・B団体
会議の日程調整のためにのみ使われる。議事録はFBグループで。
誕生日祝いや雑談もバンバン飛び交い、スタンプも多い。

・C団体
活発に動く。適度に大切なことはノートにメモされている。
連絡事項、当日の連絡、細かな人数調整、たまに会議等も行われる。


一長一短なんでしょうけど、基本的にどれをとっても「LINEは向いてないな」と思います。
リアルタイムに会話することには長けているツールだと思うので、当日運営には非常に役立つと思うのですが、連絡だったり相談だったり、「結果を出すまで個々人で時差がある事柄」を扱うにはむしろ非効率だと思うんです。

ある議題があがって、そのときにLINEを見ていなかった人は、例えば数時間後に見たとする。
そうすると別の話し合いが行われている。
そこで返信しようとすると、「すいません、遅くなりましたが◯◯の件は〜」とかで別の話の腰を折る形になる。
そしたらそのときに最初の議題をあげた人がLINEを見てなかったりして…

あーもう面倒くさい!!


あと、私の周りに携帯を常に確認しなかったり、「SNSは怖くて近づけない」という人だったり、そういう意味で保守的な人がとても多かったのもあります。
TwitterやLINEには慣れ、不慣れだったり、向き、不向きがあります。
扱いの個人差があるのに、それを全体のものにしてしまうと、慣れている人、向いている人が主導権を握ることになります。
...ま、その保守的な友達には「これからの時代は必要なんやから、今のうちにちょっとやってみといたほうがええで」って言ったんですけどね(笑)



私の学年がガラケーからスマホへの以降時期なので、演劇部現役だったころはメーリスでした。
「メールを送る」ことは、もちろん大人の方にとってはとても手軽に見えるんでしょうけど
携帯世代の我々にとっては激しく面倒くさいことでして、「後でゆっくり返信しよう」と数時間後に連絡することが多かったと思います。

ただ、それよりも手軽な「LINE」には、「既読無視」という言葉があります。
個人的には「既読をつけた」=「読んだ」=「すぐに返信して当たり前」という風潮があるように感じます。
そして、この方程式は、=「既読がついたのに返信がない」=「反応が悪い」という流れになってはいないでしょうか!
(私が勝手にストレスにしているのかな!!)


直接会う日までなにも伝えられなかった時代から、お互いに家にいたときは電話で連絡できるようになり、電話、メール、LINEへ、どんどんスピードは上がっていき、頭の回転が置いていかれそうになる日々。

もちろん、「今から遊びに行くんやけどこない!?」とかの連絡は乗り遅れたら終わりなので、そういう面ではLINEの即時性はいいと思うんですけどね。




-----------------------------

さてさて、なんでこんな記事を書いたのか、です。
前にホンマでっかTVでやっていたのですが

「今、不満がありますか?」と聞かれて、すぐに具体的に数個不満が出てくる人はうまくストレス発散が出来ている。
「特に無い」「特に思い当たらない」という人は、不満を一切貯めないくらい傍若無人な人も稀にいますが、一般的にはストレスを無意識に貯めこむことに慣れてしまっている人。
そういう人は、ずっと真面目に働いて、ニコニコして、その次の日に突然仕事をやめたりする危険性がある。



さて、「今、不満がありますか?」と聞かれて、見事に「特に無い」と答えた私は考えました。

「自分が頑張れば回避できていた」というのは自分でも思いますが極論です。
世の中のだいたいの事柄は、私が寝ずに食べずに遊ばずに頑張れば、私が頭良ければ、私が要領良ければ、私がサボらなければ、私に経験があれば、私に知識があれば、私にコミュニケーション能力があれば、なんとかなることばかりです。
私がケネディなら冷戦は止まるのです。

だから、私は一生自分自身のことを「よく頑張った」と言えず、全ての失敗を誰のせいにもせずに背負い込むのではないか、と思いました。
(あと真面目な話、上司の方が言っていた「成功体験の有無」というのもあると思います。1つ「成功だ」と思える事象に出会えたら、きっとそこで「頑張ったな」って言えるのかなとも思います。)


私は、少しは人のせいにし、人を頼り、文句を言うべきなんだと思います。
自己の弱さを受け入れて、あっけらかんとするべきなんだと思います。
とある方も言っていました。自分が出来ないことを認めてからじゃないと何も学べない。
まぁいろいろやりすぎなのはそうなんですけどね、どれもやりたくてやってるからいいんですが。

1回しっかり倒れて全身蕁麻疹がでたので一度実家に帰ってきたのですが、実家でおいしいごはんを食べ、テレビを観ながらポチポチ書類を作っていたら、すごく落ち着いて作業できました。
そこで、
「家でのんびりする」=「怠惰」
「料理をする」=「それよりもやらないといけないことあるよね?」
みたいな強迫観念にまで自分を追い込んでいたんだなと気づきました。
大好きな演劇も謎の義務感に襲われたりしてて。

ばーちゃんに「いろいろやって大変やってん」と言うと、いつも決まって「それでも今が1番楽しい時期やで、羨ましいわ」と言ってくれます。
そういうことなんだと思います、ばーちゃんに羨ましがられる日々を送っていこうと思います。
今は演劇が観たくて仕方ないです。



きっとこのブログも「完全肯定ツール」なんだと思います。
だから、弱音たっぷり書いて締めてやろうと思って書きました。
でも、なんかちょっと前向きになれた気がします。

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