2017-10

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【観劇】不思議少年「棘」


前回の『東京ジャングル』ですっかりファンになってしまった不思議少年さん『棘』を観てきました。
@西鉄ホール
with みづきさん君島さん

西鉄ホールをなんて贅沢な使い方!と思いましたが
福岡演劇フェスティバルの公募作品なんですね。
劇王優勝の不思議少年さん、1日しか公演がないということで、福岡演劇界の方々が大集合していましたね。
そめでの照明・大道具さん、勤務先の方等々、お会いできて嬉しかったです。



丸いスペースを観客が取り囲む囲み舞台。
なかなか見やすい席に座った気がします。
森岡さんの表情がとてもよく見える席でした。よかったよかった。

囲み舞台、そめごころでも苦労してらっしゃいましたけど、
囲み舞台でしか出来ない表現が多かった気がします。
ぐるぐる走ったり、役者の立ち位置が入れ替わったり、円の中心に立ったモノローグだったり。
ものすごく観客との距離が近くて(なんなら役者さんが観客席に座ってた)
風を感じたり息遣いが聴こえたり...
囲み舞台、見難い席に当たれば恨むこともありますけどw
舞台の生の息を感じられるので好きです。



4人の男性との出会い、4人の男性を愛してしまった女性の一生を辿る2人劇。
ねぇ、坊やこっちへおいで――

予想外にコメディで、さすが不思議少年、笑った〜〜




かねてから、「男性作品」と「女性作品」という分類があるのではないかと考えていました。
例えば、存在意義の見出し方。
男性は、自分と社会の関係性の中で使命感やプライドを保つことに。
女性は、自分とその周りの人間の関係性の中で愛し愛されること。


あー、ずっとこれ考えているのに上手く言えないんですよね、
またいい言葉を見つけたらまとめます...
続きは追記に書きます。
が、これは「女性作品」なんだろうなと思っていました。男性勢、特に若い男子の後輩は
こういう女の人を観てどう思うんだろう。笑





不思議少年の話に戻ります。


前回の「東京ジャングル」に引き続き、『ダメ男に引っかかるダメ女』の話だったので
元だめんず・うぉ~か~のいわさき的には胸が痛いシーンが多かったですw

うおぉ、痛い、痛いぞ〜
そいつがクズだってわかっているのに離れられないんだよな〜
分かる、分かるがそいつと一緒にいても幸せになれないんだぞ〜気づけ〜


「誰かから愛されたくて、誰も愛せなかった女の話」
「愛を求め続けて、どれだけ満たされていても渇いていると感じてしまう女の話」

等々キャッチコピーを考えてみたのですが、要は「恋に恋してる女の話」ってことなのかな。
幸せになりたかった、愛情をほしがった、ただそれがあればよかった、
女ってバカだな〜と思いつつ、どこかで全ての女性は持っている感情なのかもしれないです。
愛されたい、みたいなのって。
そして、どれだけ愛されても、常に愛が足りなくて、ずっと求め続けていくんでしょう。
どれだけ水を与えられても喉が乾き続けてしまうんでしょう。

愛されたい、だけで相手に依存してダメになっていく時って、
実はそこまで相手のこと好きじゃなかったことや、「私と相手が幸せならそれでいい」と思って周りを混乱させていることに気づけてないことが往々にしてある気がするんですけど、どうなんですかね、私だけですかね(笑)



2人目や3人目の男じゃ、刺激が足りないとか、満たされているのに物足りない、とか考えてしまって
結局あの胡散臭い男に辿り着いてしまうのかなぁ。
恒常的な愛情より、突発的な刺激に夢中になってしまったのかなぁ。
まるで中学生のときの私なんでもないです。
当たり前にある幸せに気づけたらいいですね、あの2人の間に子供が出来ていたらまた違った結末だったのかもしれません。

早く旦那が欲しい!!安定した日々早く!!
と日頃から口にしているいわさき的には、あの夫婦のシーンは羨ましかったです。笑
ループさせるということは、あれで妻の不満だったり、浮気の原因だったりを表現したかったんでしょう。
結婚は女の墓場とか、そうなんですかね〜〜まだわかんない〜〜



最終的に「坊や」に全てを話して、全てを受け止めてもらった気になって満足そうに去っていきますけど
「坊や」に押し付けただけでなにも解決されてなくて、実はなにも満たされてなくて、
ぽつんと残った「私」を「坊や」に重ねて表現したのかなぁ...

実際に「坊や」がどういう存在なのかは分からないんですけど
救いの無さだったり、抜け切れないループだったりを感じたラストシーンでした。




「役者の良さを十二分に引き出した作品」という感想を目にしましたが
とにかく役者の方2人が素敵で、素敵で、森岡さんの全身を使った表現が素晴らしすぎて
隙間のない、濃密な時間でした。
1人で何役したんだろうな〜
「お客さんが緊張しなくていい」「大迫さんは役者としてではなく、演出・役者として存在していた」
という後藤さんのコメントに大きく頷いて聞いていました。
森岡さんのための作品といっても過言じゃないのかもしれないですね〜
東京ジャングルのときも素敵だったなぁ、鎖骨のときの前座も素敵だったなぁ...


脚本については、もう一度観たいところでしたが
あの文学的な表現のシーンは、言葉というより音として心に届きました。
ノイズ、怖かったなぁ...笑
役者さんの言い方もあると思うんですけど、脚本というよりちゃんと言葉で届くってこういうことなのかと改めて実感できました。

ノートブックとか、そういう現代の日常の単語を使っていると、ちょっと柴さんを思い出しました。
(柴さんの作品を見すぎてなんかあったら柴さんを思い出してしまうとも言えますが)
時系列の動かし方も、「あゆみ」がよぎりました。
っていっても、役者の方向を不自然に変えたら時間が変わっている、というところだけな気もしますが。


ただ、照明変化の多さに、最初はやっぱり違和感があったりなかったり。
そめごころも多かったのかなぁ...でも実際お客さんにならないとわからないよなぁ...なんて。
役者さんの印象が強烈だったので、照明でどうこうしなくても持たせることができたと感じる分、
もうずっとつけっぱでもよくね?とか考えつつも(あゆみがずっと生つけっぱだったからかなぁ)
MEの変化も大きかったので、カラフルな照明のシーンや、雨のシーン、やっぱり素敵な照明シーンも多くて。
あの暗転すれすれのシーンはびびっときたなぁ...



脚本、音響、照明、舞台、全ての要素が共存しつつ、結局は役者と演出とどう絡んでいくか、か...?
演劇って面白いな〜〜(笑)
----------------
大雑把なイメージですが、

男性作品は「今僕はなにをすべきなのか」「何のために生きているのか」と社会や自分の立場を自問自答し、
女性作品は、自分と、自分の愛する人(恋人や片想いの相手、家族など)が幸せならそれでいい、とミクロな世界での充実を求めている作品...

という分類です。


これをぼんやり考えだしたのは、
『東京ジャングル』(不思議少年)、『恋するマリールー』(非・売れ線系ビーナス)
『幕末純情伝』(WET BLANKET)、『ノクターン』(そめごころ@一人芝居フェス)、『優しくない手』(田崎小春@一人芝居フェス)
を立て続けに観劇した頃です。

「この作品は男性陣はそこまで好きじゃないらしい」とか「こーゆーの好きな人いるよねー」とか
そういうざっくりとした評価を耳にしたり、実感したりするようになって
何か共通点があるのかな?と思ったんですね。

不思議少年、非売れ、「優しくない手」は、すごく女性っぽいなと。
そして、WET、そめごころは、すごく男性っぽいな、という印象です。


『恋するマリールー』では、外では福岡市の中で血みどろの戦争が行われているにも関わらず
好きな男と共同生活を送ることで満たされてしまっている女性が描かれていたし、
『ノクターン』では、学生運動と現在の学生の姿を対比させる中で満たされない想いを抱える男性像。
(どちらも昔の記憶で曖昧...)



別に、男性作品が好きなのは男性だけ、女性作品が好きなのは女性だけ、というわけではないです。
ただ、共感しづらい部分が男女によってそれぞれあるのかな、と感じたので傾向として男女と分けています。


もしかしたら生き死にが関わる世の中で恋愛事にうだうだしてる女性を観ても、男子勢はピンと来ないのではないか。
私が家族を置き去りにしてまで名誉や自尊心のために死んでいく男たちに、やっぱりどこかで共感できないのと同様に。

私だって、バカだな、こういう女バカだな、って頭では思うんですけど、やっぱりなんかどっかで共感しちゃうんですよね。
自分と自分の周りが幸せなら、世の中が戦争していよーが滅びかけていよーが、ひとまずはどーでもいいんだと思いますし、
もらい泣きするのも、自分の周りの環境に重ねて泣くのであって、その当事者に入れ込んで泣いてしまうのじゃないんだと思います。


...え、私が自己中なだけ?
多分家族が出来たりとか、自分を取り巻く環境が変われば変わっていく感覚なのでしょう。
22歳の小童にはわかりません(笑)



男はバカだ、女はバカだ、ってお互いに言い合っている様子をよく観ますけど
結局はどちらかに振りきれてしまった瞬間にどちらも自己中になっちゃいますけどね。




そういえば、男の人が「解決脳」女の人が「共感脳」っていうのは有名な話ですけど
女の人は主観脳、男の人は客観脳らしいです。
女の人が痛い系の罰ゲームを観て「痛い!痛い!」とか言ってしまうのは、傷めつけられている人の立場から観てしまうからで、
男の人がそういうのを観てゲラゲラ笑えるのは、あくまでも外から見ている立場で見れるからだそうです。

あと、女の人が「なんで泣いているのか分からない〜」って言いながらボロボロ泣くのは、
理性より感情が先に動くかららしいですね。
感情より理性が先に動く男と、どちらのほうがたちが悪いのでしょうか。笑


こういうとこで、本質的に違う部分はあるのかもしれないですね〜
スポンサーサイト

● COMMENT FORM ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

http://citronrabbit.blog.fc2.com/tb.php/112-274f7a68
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

【観劇】岡崎藝術座「+51 アビアシオン, サンボルハ」 «  | BLOG TOP |  » 軽音ライブに出演してみた。

プロフィール

いわさきゆき

Author:いわさきゆき
観劇レポとか趣味とか本の記録とか

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

日常 (25)
FBログ (15)
観劇 (38)
演劇 (39)
読書 (6)
現場 (6)
勉強 (2)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。